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東京地方裁判所 昭和56年(ワ)11181号 判決

東京都中野区中野六丁目一四番一四号

原告

北辰工業株式会社

右代表者代表取締役

北中克巳

右訴訟代理人弁護士

田倉整

水野正晴

東京都荒川区西日暮里五丁目三二番四号

被告

高橋工業株式会社

右代表者代表取締役

高橋保昌

右訴訟代理人弁護士

雨宮定直

小林俊夫

右訴訟復代理人弁護士

辻居幸一

右当事者間の昭和五六年(ワ)第一一一八一号契約上の不作為義務に基づく差止等請求事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告以外の第三者のために又は第三者に対し、別紙目録(一)に示す構造を有する北辰式掘削装置を製造し又は販売してはならない。

2  被告は、原告に対し、六〇〇万円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は、被告の負担とする。

4  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  原告代表者北中克巳は、昭和四七年、建物基礎工事に使用する別紙目録(二)記載の北辰式掘削装置と呼ばれるアンカー付掘削装置(以下「北辰式掘削装置」又は「本件装置」という。)を開発し、被告の協力を得て完成した。同装置の特長とするところは、掘削装置の運転時に生ずる横振れをアンカーによって防止するところにあり、これによって従来装置には見られない格段の効果を生じたものである。

2  原告は、昭和四七年、被告との間において、北辰式掘削装置に関する製造下請契約を交わした。右契約については書面は作成されていないが、その要点は、次のとおりである(以下原、被告間の右契約を「本件契約」という。)。

(1) 原告は、その建物基礎工事施工のために必要な北辰式掘削装置及びその部品である消耗機材の製造を被告に発注し、被告から納入を受けて、前記工事に使用する。

(2) 被告は、原告の指示に従って北辰式掘削装置を製造し、これを原告に納入する。

(3) 被告は、原告以外の第三者の注文によって、北辰式掘削装置を製造納入したり、あるいは自ら製造した北辰式掘削装置を第三者に販売しない。

3  原告は、本件契約に基づき、被告に対し、北辰式掘削装置を発注し、被告は、これを製造し、原告に納入してきた。しかるに、被告は、昭和五五年六月、訴外株式会社茄子川組(以下「訴外会社」という。)に対し、別紙目録(一)記載の掘削装置(以下「被告装置」という。)を少なくとも代金三〇〇〇万円をもって販売した。

4  以下に述べるとおり、被告装置は、本件契約の対象物件に含まれるものである。

(一) 本件契約の対象である北辰式掘削装置の本質的事項は、揺動式掘削装置に横振れ防止のためのアンカーを使用したという点にある。すなわち、アンカー付の揺動式掘削装置は、原告代表者が世界に先駆けて開発した装置であり、その最大の特長とするところは、従来の自重による揺動式掘削装置に比べて、アンカーにより横振れを完全に防止し、掘削能力を飛躍的に向上させたことである。従来のベノト式揺動掘削装置では、機械本体の自重の接地圧を反力としているので、揺動運動に伴う横振れを避けることができず、掘削能力には限界があった。また、自重に加えてインゴット(重錘)を積載しても、横振れを防止することはできなかった。これに対して、原告代表者の開発した北辰式掘削装置は、アンカー付の揺動掘削装置であって、アンカーを打ち込み、揺動に対する側圧で大きな反力を得ることができるため、従来の自重及びインゴットによる反力を利用する技術の限界を突破し、掘削能力を飛躍的に向上させることができたのである。

被告は、北辰式掘削装置のインゴットの配置をもって重要な点の一つと考えているようであるが、インゴットを縦方向に配置しても、あるいは横方向に配置してみても、多少の違いはあっても、アンカー装着という技術手段を採用するならば、それほどの影響があるわけではない。被告装置においても、インゴットはどのように配置することも可能な構造になっているのであって、横に置くから違うという主張は、自らの行動によって自ら否定されているのである。

したがって、本件契約の対象物件は、アンカー付の揺動式掘削装置を広く含むものであるところ、被告装置は、別紙目録(一)記載のとおり、アンカー付の揺動式掘削装置であるから、本件契約の対象物件に含まれるのである。

(二) なお、被告は、本件契約の対象物件は、チャック、アンカー、インゴットを一列に配置した装置に限定されるところ、被告装置は、インゴットをチャックの両側に配置している旨主張するが、別紙目録(一)記載のとおり、被告装置においては、インゴットをチャックの両側に配置するのみではなく、両側に配置されるインゴットのうち片側のインゴットをチャックの後方に載せ、チャック、アンカー、インゴットを一列に配置することも可能な構造となっており、現に、訴外会社の工事現場においては、インゴットをチャックの後方に載架して使用しているのである。したがって、仮に、本件契約の対象物件が被告主張のように限定されるものであるとしても、被告装置は、本件契約の対象物件に含まれるものである。

5  原告は、被告の右契約不履行により、被告装置を他に転売することにより得られたであろう利益額相当の損害を被っており、その額は、被告が右販売によって得た利益額と等しいものと評価されるべきである。被告が右販売によって得た利益は、販売額の二〇パーセントを下ることはないから、少なくとも六〇〇万円である。

仮に、右主張が認められないとしても、原告が、被告から被告装置を買ったり、リースした業者に工事を横取りされるという事例が、次の(1)ないし(3)のとおり生じており、被告の債務不履行がなければ、原告は、これらの工事を受注して利益をあげていたはずであるから、原告がこれらの工事を受注して得られたはずの利益額が、被告の債務不履行によって原告の受けた損害の額となる。右三件の工事代金の総額は、三八〇〇万円であり、原告が北辰式掘削装置を使用したときの利益率は、少なくとも三〇パーセントを下らないから、三八〇〇万円の三〇パーセントである一一四〇万円が、被告の債務不履行により原告の被った損害の額ということになる。

(1) タイヨウビル新築工事

原告と清水建設との間で契約寸前のときに、原告は、被告から被告装置を買った訴外会社に工事を横取りされたものであり、その工事見積額は一〇〇〇万円を超えており、一〇パーセント引きで契約したとしても、工事代金は、九〇〇万円となる。

(2) 学校法人田中育英会西新宿校舎新築工事

原告と五洋建設との間で契約寸前のときに、原告は、被告から被告装置を買った訴外会社に工事を横取りされたものであり、見積額から値引きして契約したとしても、工事代金は、八〇〇万円である。

(3) カネオカビル新築工事

原告と熊谷組との間で契約寸前のときに、原告は、被告から被告装置をリースした大亜ソイルに工事を横取りされたものであり、熊谷組に対する施工予定額は二一五〇万円であり、五〇万円の値引きをしたとしても、工事代金は、二一〇〇万円である。

6  よって、原告は、被告に対し、本件契約に基づき、被告装置の製造又は販売の差止並びに損害賠償として六〇〇万円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求の原因に対する被告の答弁及び主張

1  請求の原因に対する被告の答弁

(一) 請求の原因1のうち、原告代表者が本件装置を開発したことは否認する。同装置は、被告の開発になるものである。

(二) 同2のうち、原告は、昭和四七年、被告との間において、口頭により北辰式掘削装置の製造物供給契約(製造下請契約ではない。)を締結したこと及び同契約の内容が(1)ないし(3)記載のとおりであることは認める。

(三) 同3のうち、原告は、本件契約に基づき、被告に対し、本件装置を発注し、被告は、これを製造し、原告に納入してきたこと及び被告は、訴外会社に対し、被告装置を販売したことは認めるが、販売日は昭和五五年四月ころ、代金は約二八〇〇万円である。なお、被告装置の特定に関し、別紙目録(一)の〈2〉重錘10の載置方法についての図面及び説明のうち第二例ないし第四例は否認し、その余は認める。

(四) 同4は否認する。後記被告の主張のとおり、被告装置は、本件契約の対象には含まれない。

(五) 同5のうち、被告の被告装置の販売による利益額が販売額の二〇パーセントを下らないこと及び原告の利益率が工事代金の三〇パーセント以上であることは認めるが、その余の事実は知らない。なお、通常の営業利益率は六ないし七パーセントであり、原告の三〇パーセント以上の利益率は、著しく過大である。とのような、およそ常識をはずれた過大な利益率による見積を行い、受注が実現しないからといって、これを損害と主張することは、不当である。

2  被告の主張

以下に述べるとおり、本件契約の対象物件は、被告が原告の注文に基づき設計製作した本件装置及びこれと本質的に同一のものに限られるところ、被告装置は、本件装置とは異なる設計思想に基づくものであり、その構成、作用効果において異なるから、本件契約の対象物件に含まれるものではない。

(一) 原告は、北辰式掘削装置の本質的部分は、横振れ防止のためのアンカーを使用したという点にあると主張するが、次に述べるとおり、アンカーは本質的部分には属さず、同装置の本質的部分は、むしろ、インゴット(重錘)の配置である。

原告代表者は、北辰式掘削装置について特許出願をしたが(乙第一号証)、この特許出願の願書に添付した明細書の特許請求の範囲には、「基体の先方にケーシングチユーブを挟持するチヤツクを設け、また該チヤツクに挟持されたケーシングチユーブを揺動、圧入すべき装置を設け、更に掘削時の機体の動揺を防止するため基体の一部から地中に打込むアンカーを設け、また掘削による反力に対応するため基体にインゴツトを取脱し自在に取着けた掘削装置」と記載されており、インゴットの位置については全く限定されていなかった。右出願に対して、昭和五二年九月一日付で拒絶理由通知がなされた(乙第二号証)。拒絶の理由は、右発明は、特公昭三七-一六一二七号公報等に記載された発明ないし考案から当業者であれば容易に発明することができたものと認められるという趣旨のものであった。この拒絶理由に対して、原告代表者は、昭和五二年一一月二一日付手続補正書(乙第三号証)を提出し、その特許請求の範囲を補正し、チャックとインゴットとアンカーを一列に配置するとともに、意見書(乙第四号証)を提出し、発明の効果について、「チヤツクとインゴツトとアンカーとが基体内に殆んど一列(図示のような二箇のアンカーを含む)に配設されているので掘削装置の全体幅を小さくすることができて、掘削装置の軽量小型化が出来て、ひいては掘削装置を壁際に接近させ、あるいは二つの壁によつて形成された隅角部の奥に突入させて杭打孔を掘削することが可能となるのです。」と述べた。その結果、右特許請求の範囲の記載により特定された発明について進歩性が認められて特許を受けることができたのである。右のような特許成立の経緯にかんがみると、原告は、北辰式掘削装置の本質的部分はアンカーであると主張するが、それは、インゴットの配置にあるとしなければならない。なんとなれば、アンカー自体は、掘削装置において普通に実施されている技術的事項であって、公知のものであり、当初の特許請求の範囲の中のインゴットの取付位置を「チヤツクの後方」と限定することによって右特許が成立したからである。

(二) 以上のとおり、北辰式掘削装置の本質的部分は、インゴットの配置であり、同装置がインゴットをチャックの後方に配置しているのに対し、被告装置は、インゴットをチャックの両側に配置しているものであって、両者は、全く異なるものであり、その結果、その効果において、次のような顕著な差異が生じた。すなわち、北辰式掘削装置においては、チャックにケーシングチューブを固定した際、ケーシングチューブとアンカーとの距離を長くとれるようにし、掘削作業時に基体の横振れがアンカーに対する側圧と前記ケーシングチューブからアンカーまでの長い距離との相乗積で防止されるようにするばかりでなく、装置の全体幅を小さくすることができるのに対し、被告装置においては、チャックにケーシングチューブを固定した際、ケーシングチューブとアンカーとの距離を長くとることはできず、北辰式掘削装置のような効果は生じない。しかし、反面、インゴットの配置において、被告装置は、インゴットを二個用い、それらをチャックの両側にバランスをとって設けることにより、掘削作業時におけるチャックの上下振動を十分防止することができるようにした。このインゴットの配置による効果は、北辰式掘削装置におけるインゴットの配置による効果に比し安定性が極めて高い。

(三) 本件装置と被告装置とは、パワーユニットの配置についても相違する。すなわち、本件装置においては、パワーユニットは基台上に装着されているのに対し、被告装置においては、機械本体から離れて地面の上に置かれ、油圧はホースを介して機械本体に伝達されている。

右のような構造の相違は、次のような効果の相違をもたらす。すなわち、被告装置は、パワーユニットを機械本体から切り離したことにより、本体の寸法と重量を小さくし、狭い施行場所での稼働を可能にするものであるが、反面、現場内で機械を移動させる場合に、パワーユニットと機械本体とを分けて移動させなければならず、また、油圧ホースの脱着の際に若干の手間がかかるという面がある。これに対して、本件装置については、その長所と短所は被告装置と逆になる。

(四) また、本件装置においては、チャックは基台上のフレームより懸垂されている(ぶらさげられている)のに対し、被告装置においては、基台上にシリンダーを介して懸架されている(支えられている)。

右の差異の結果、本件装置においては、ケーシングチューブを引き抜く力のほうが押し込む力より小さい。これに対して、被告装置においては、逆に、引く抜く力のほうが押し込む力より大きい(これは、油圧シリンダーにおけるピストンの受圧面積の差によるものである。)。

右の差異は、パワーユニットを一体化するか、分離するかの設計思想の差異に関係している。一体化することにより装置全体をコンパクトにするならば、基台上にフレームを設けてチャックを懸垂せざるをえない。原告は、装置全体のコンパクト性を重視したため、チャックは懸垂式とすることになった。これに対して、コンパクト性を犠牲としても、チャックの引き抜き力を大にしたいとする市場の要求もあり、被告装置は、この要求に応じて設計されたものである。

(五) 以上のとおり、本件装置と被告装置とは、異なった設計思想に基づくものであり、それぞれが、長所、短所を有するのであり、両者間には同一性は認められないのである。

(六) 原告は、被告装置においても、チャックの後方にインゴットを配置しうる旨主張するが、以下に述べるとおり、そのような事実はなく、被告装置の本来の使用法は、インゴットをチャックの両側に置くものである。

インゴットの作用は、ケーシングチューブを地中に圧入する際に地面から機体が受ける反力に対抗するための力を提供するものである。すなわち、ケーシングチューブを圧入する際に生ずる地中の抵抗が機械の重量(正確には、ケーシングチューブの中心にかかる重量)より大きい場合には、圧入オイルジャッキを作用させても、ケーシングチューブが地中に圧入されずに反対に機械が浮き上がってしまうことになるので、その圧入の反力をとるために、インゴットを機械に装着するのである。したがって、インゴットを装着する場合には、その重量が有効に働くように配置する必要がある。被告装置においては、インゴットはチャックの両側に配置されるため、その全重量がケーシングチューブ圧入の反力として作用する。これに対して、本件装置においては、インゴットはチャックの後方に配置されているため、ケーシングチューブを圧入するとき、地中の抵抗が、機械とインゴットの重量のうちケーシングチューブの中心に作用する重量より大きいと、機械とインゴットは、後部を支点として浮き上がってしまう。このとき、インゴットの全重量のうち、ケーシングチューブ圧入の反力として作用する重量の割合は、ケーシングチューブ中心から機械の後部までの距離とインゴットの重心から機械の後部(支点)までの距離の比に一致する。すなわち、インゴットが後部に近い場合には、反力として作用する重量の割合は少なくなり、後部から離れチャックに近い場合には、その割合は大きくなるのである。しかし、いずれにしても、被告装置のほうがインゴットの圧入の反力としての作用は有効である。また、ケーシングチューブ圧入の際の抵抗を低減させるためには、ケーシングチューブを揺動させることが有効である。しかし、ケーシングチューブに揺動トルクを加えると、その反力として機械を滑動させる力が働くため、この反力が機械底面と地面との摩擦力より大きいと機械が滑動してしまう。そこで、この機械の滑動を防ぐため、機械後部にアンカーを打ち込むのである。この点に関して、原告は、別紙目録(一)において、被告装置においては、チャックの両側に配置されるインゴットのうち、片側のインゴットを基体後部へ載置する例もあると主張している。しかし、このような配置をされたインゴットは、その本来の作用である圧入反力に対抗する手段としての作用を有していないことは明らかである。けだし、その載置位置は、支点上であり、ケーシングチューブの中心に作用する重量はゼロだからである。したがって、被告装置において、片方のインゴットを基体後部に載置したとしても、インゴットとしては作用上無意味であり、この点を無視している原告の議論は、妥当でない。

更に、被告装置においては、インゴットはチャックの両側に配置するのが正しい使用方法であり、次に述べるとおり、インゴットを基体後部に載置するような構造にはなっていない。すなわち、被告装置の基体後部は、作業時に人間が乗って作業をする作業床となっており、また、この床の下には油圧バルブの点検孔が設けられている。したがって、この部分にインゴットを置くと、点検孔が塞がれてしまい、また、アンカーを打ち込むことができなくなる。また、この部分にはインゴットがずり落ちないようにするためのストッパーが装着されておらず、機械の振動のためインゴットが落下する危険すらあるのであって、被告装置においては、基体後部にインゴットを置くような構造にはなっていないのである。原告は、訴外会社による被告装置の使用態様を根拠として、インゴットの配置は重要性を有しない旨主張しているが、被告は、訴外会社に被告装置を販売する際は、インゴットが一体となった装置として販売しているのであるから、その後にユーザーがそれをいかなる態様で使用しようとも、被告が責任を問われるいわれはないのである。

三  抗弁

1  原告の主張は、原告と被告との間には、被告は、原告以外の第三者の注文によって、北辰式掘削装置を製造納入したり、あるいは自ら第三者に販売しないとの口頭の契約が存在したというのである。被告も、原、被告間に、右のような内容の暗黙の了解が存在したことを争うものではないが、右のような内容の了解事項は、商取引の分野においては、紳士契約として取り扱われるのが慣例となっているものであり、法的拘束力を持つものではない。

被告装置を訴外会社に販売したことについて紛争が生じた際、原告代表者は、その有する特許権(登録第九九六六五五号)に基づき、被告らに対し、被告装置の製造、使用、販売の差止めを求める仮処分申請を当庁に行ったが、却下され、抗告も棄却された後、契約に基づき差止めを求める本件訴訟が提起されたのである。元来、原告代表者と原告とは、社会的にみて一体の存在であり、もし、原告において本件了解事項が契約としての効力を持つものと考えていたのであれば、当初から、契約に基づく差止めの申請をしていたはずであり、右のような本件訴訟にいたる経過からみても、右了解事項が法的拘束力を持つものでないことは明らかである。

2  原、被告間において、昭和五〇年ころ、工事現場における機械の修理についてトラブルが生じ、原告から本件契約の解消を申し入れてきたので、被告もこれを受け入れ、本件契約は解消した。その結果、昭和五一年八月ころから同五二年一月ころまでの間、原、被告間では、機械部品の発注納入、修理依頼等を含む一切の取引は、中断しており、しかも、この間、原告は、本件装置を訴外鈴木技研工業株式会社(以下「鈴木技研」という。)に発注し、購入しているのである。

その後、原告は、本件装置のメンテナンスを自力で行うことができないため、昭和五二年初め、被告に修理等を依頼し、被告は、これに応じた。しかし、被告は、機械メーカーであり、その製造した機械のメンテナンスは、本件契約のような契約がなくとも当然に行わなければならないものであるから、右の依頼に応じたのであり、昭和五二年初めころからの被告のメンテナンス供与は、本件契約に基づくものではない。

また、原告は、昭和五四年に至って、本件装置を被告に発注してきた。被告は、前記のトラブル及び鈴木技研への発注により本件契約は解消したものと信じていたが、個別的発注に応じることは格別支障がなかったので、発注に応じたものであり、これにより本件契約を復活させたものではない。

3  仮に、右が認められないとしても、本件契約には、被告が原告以外の第三者の注文によって本件装置を製造納入したり、あるいは自ら製造した本件装置を第三者に販売しないとされる反面、原告も、本件装置を被告以外の第三者に発注せず、買い受けないとの特約があった。しかるに、原告は、この特約に違反し、昭和五〇年から同五二年の間に、本件装置を鈴木技研に発注し、購入したため、本件契約は、昭和五二年ころ、黙示的に合意解除されたものである。

なお、原告は、右の特約の存在を否定しているが、仮に、本件契約においては、原告は何らの拘束を受けず、メーカーである被告のみが拘束されるというのであれば、そのような拘束的取決めは、自由競争原理を否定するものであって、公序良俗に反し無効である。

4  原告と被告との間の本件契約は、前記のとおり、口頭による暗黙の了解としてなされたものであるから、拘束力を持つとしても、その性質上長期にわたるものとは解されず、本件においては、その期間は、開発製品の発明に係る特許出願について出願公告がなされ、仮保護の権利が与えられるまでと解するのが相当である。本件装置の発明については、昭和四七年一〇月一四日に特許出願され、昭和五四年一〇月一八日に出願公告されている。したがって、本件契約も、右公告により存在価値を失い、原告は、以後は仮保護の権利、登録後は特許権に基づいて、自己の利益を保護すれば足りたはずである。

四  被告の主張及び抗弁に対する答弁及び反論

1  被告の主張について

被告は、被告装置の基体後部にインゴットを載置するとアンカーを打ち込めないと主張するが、アンカーの頭部には、ワイヤーロープを挿入する孔が設けられていて、アンカーを十分に打ち込むことができるようになっているから、アンカーを打ち込んだ後にインゴットを載置することに何らの支障はないのである。

また、訴外会社の使用している被告装置について、被告は、訴外会社の使用態様についてまでその責任はないと主張するが、現実にユーザーが使用する態様は、メーカーが製作した装置の構造を示しているのである。すなわち、被告が製作し、訴外会社が使用している被告装置は、アンカー付であり、しかも、インゴットは必ず両側に置くようになっているものではなく、必要に応じてインゴットを載架する支持棒を取り外すことができ、このインゴットを装置の後方に載架することができるようになっており、現に、そのように使用されているのである。

2  抗弁1は争う。本件契約は、法的拘束力を有するものである。

3  抗弁2及び3の事実は否認する。

昭和五〇年ころ、被告から納入を受けた装置に関してトラブルが生じ、原告は、被告に対し、早急に修理をすることを求めたが、被告がこれに応じなかったため、原告代表者が被告の技術担当者を強く叱責したことがあった。被告代表者は、原、被告間の契約関係にひびが入ることをおそれ、原告会社に赴き陳謝し、一件落着の運びとなったが、被告の主張は、この事実を述べているものと思われる。

原告は、右の機会に、被告代表者に対し、一社のみに製造させていると、故障が生じた場合などに、直ちに対応策を講じてくれないという心配があり、ひいては、原告の信用にもかかわるし、営業上の損失も大きいから、どこか他社に一、二機作らせてみたいと申し向けたところ、被告代表者も了承したので、鈴木技研に製造依頼することになった。

しかし、その後、被告は、故障機の修復には直ちに応ずるとか、小物、部品の製造にも誠意をもって応じてくれたので、原、被告間の信頼関係及び契約関係は以前の状態に回復し、原告は、契約関係修復後においては、更に、被告に北辰式掘削装置を発注して納入を受けてきたし、機械部品の発注納入、修理依頼などのメンテナンス業務に関しては、契約当初以来、変わることなく引き続き行われてきたのである。また、原告は、鈴木技研に発注している間にも、被告に対し、昭和五三年一月には五〇〇万円を、同五四年二月には一〇〇〇万円を融資しているのであって、被告の主張するように、本件契約が終了した事実は存在しない。

4  抗弁4の事実は否認する。

第三  証拠関係

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  原、被告間において、昭和四七年、次の(1)ないし(3)を内容とする口頭の契約(本件契約)が成立したことは、当事者間に争いがない。

(1)  原告は、その建物基礎工事のために必要な北辰式掘削装置及びその部品である消耗機材の製造を被告に発注し、被告から納入を受けて、前記工事に使用する。

(2)  被告は、原告の指示に従って北辰式掘削装置を製造し、これを原告に納入する。

(3)  被告は、原告以外の第三者の注文によって、北辰式掘削装置を製造納入したり、あるいは自ら製造した北辰式掘削装置を第三者に販売しない。

二  原告は、本件契約に基づき、被告に対し、別紙目録(二)記載の本件装置を発注し、被告は、これを製造してきたこと及び被告は、昭和五五年、訴外会社に対し、別紙目録(一)記載の被告装置を販売したことは、当事者間に争いない(ただし、被告装置の特定に関し、別紙目録(一)の〈2〉重錘10の載置方法についての図面及び説明のうち第二例ないし第四例については争いがある。)。

三  原告は、本件契約に基づき被告が製造販売しないという不作為義務を負う装置の範囲は、本件装置に限られず、アンカー付揺動掘削装置を広く含む旨主張するので判断する。

原告代表者尋問(第一回ないし第三回)の結果中には、原告が被告に本件装置の製造を依頼する際に、原告代表者が、「このアンカーは私の考えた特許だし特許申請中だからよそでは絶対に使わないでくれ」と申し入れた旨、及び被告装置は右特許に抵触し本件装置に含まれる旨の供述部分が存在する。しかしながら、被告代表者は、代表者尋問(第一回)において、原告代表者から、「この機械を今後一〇年間に約三〇台は作るだろうと、ついては、その機械はよそに売らないでほしいと」の申し入れがあった旨、及び右契約に基づき原告以外に製造販売してはならない機械は、その当時出した図面に基づく機械、すなわち、本件装置であると理解していたと供述しており、右被告代表者の供述に照らし、前記原告代表者尋問の結果によって直ちに、本件契約に際して被告が製造販売しない義務を負う装置の範囲についてアンカー付揺動掘削装置を広く含むとの約束がなされたものと即断することはできず、他に右のような約束がなされたことを認めるに足りる証拠は存しない。

ところで、本件契約は口頭でなされたものであり、右のとおり、その対象物件について、明確な取決めがなされていたことを認めるべき証拠は存在しないところ、右契約に基づき、原告が被告に発注し被告が製造してきた装置は、本件装置であるというのであるから、契約の対象物件は本件装置と認めるのが相当であるが、本件装置と一部でも異なれば被告が不作為義務を免れるとは解されないのであって、本件装置と本質的に同一と判断されるものは、多少の相違があっても本件契約の対象となり、被告の負う不作為義務の範囲に含まれるものと解すべきである(本件契約の対象物件に本件装置と本質的に同一のものも含まれることは、被告も、これを認めるところである。)。そして、原告は、本件契約の対象である北辰式掘削装置の本質的事項は、揺動式掘削装置に横振れ防止のためのアンカーを使用したという点にあり、被告装置も正しく右の本質的部分を具有しているから、被告装置は本件契約の対象に含まれると主張し、被告は、これを争っているので、その点について更に検討する。

成立に争いのない甲第一三号証の四の1、2、乙第一ないし第四号証によれば、(1)原告代表者は、昭和四七年一〇月一四日、掘削装置に関する特許出願をしたが、右願書に添付した明細書の実施例に記載されているのは、本件装置と同一の掘削装置であること、(2)同明細書の特許請求の範囲の項には、「基体の先方にケーシングチユーブを挟持するチヤツクを設け、また該チヤツクに挟持されたケーシングチユーブを揺動、圧入すべき装置を設け、更に掘削時の機体の動揺を防止するため基体の一部から地中に打込むアンカーを設け、また掘削による反力に対応するため基体にインゴツトを取脱し自在に取着けた掘削装置」と記載されており、インゴットの位置については特に記載されていなかったこと、(3)右出願に対して、昭和五二年九月一日付で拒絶理由通知がなされたが、拒絶の理由は、右発明は、〈1〉特公昭三七-一六一二七号公報、〈2〉特公昭三六-二四一二一号公報、〈3〉昭和一一年実用新案出願公告第一三九七六号公報に記載された発明ないし考案から当業者であれば容易に発明することができたものと認められるという趣旨のものであり、その説明として、右〈2〉の引用例は掘削時の機体の動揺を防止するため基体の一部から地中に打ち込むアンカーを設けた技術に関するものであり、右〈3〉の引用例は掘削等による反力に対応するため基体に重りを取り付けた技術に関するものであるとされていたこと、(4)この拒絶理由に対して、原告代表者は、昭和五二年一一月二一日付手続補正書を提出し、特許請求の範囲について、「基体の最先方にケーシングチユーブを挟持するチヤツクを設け、該チヤツクに挟持されたケーシングチユーブを圧入ならびに該チユーブの中心軸を中心として左右に往復回動を与える装置をチヤツク附近に設け、更に掘削時の全装置の上下振動ならびに横振れを防止するため上記チヤツクの後方にインゴツトを取脱し自在に取着け、基体のその後方後尾に上記往復回動に際して強力な側圧を土壌から受けるアンカーを基体の下方に突設した掘削装置」と補正するとともに、意見書を提出し、発明の効果について、「チヤツクとインゴツトとアンカーとが基体内に殆んど一列(図示のような二箇のアンカーを含む)に配設されているので掘削装置の全体幅を小さくすることができて、掘削装置の軽量小型化が出来て、ひいては掘削装置を壁際に接近させ、あるいは二つの壁によつて形成された隅角部の奥に突入させて杭打孔を掘削することが可能となるのです。」と述べたこと、明細書の発明の詳細な説明の項を補正して、「本発明は上記アンカーとインゴツトとの併用とその適切な配置により全装置を軽量小型化することができ、従つて壁際に接近し、また二つの壁によつて形成された隅角部の奥に突入して杭打孔を掘削することを可能とした」(昭五四-三三〇四一号特許公報の一頁二欄一六ないし二〇行)との記載を挿入したこと、なお、当初の明細書の発明の詳細な説明の項にも、「本装置は全体が小形であるから、チヤツク9を壁面に接近せしめ、また二壁面で形成される隅角部の奥深くへ突入せしむることが可能である」(乙第一号証の明細書四頁一二ないし一四行)及び「この発明によればチヤツク9を壁面に接触させる程度極端に壁面に接近させることができる。」(同四頁一九行ないし五頁一行)と記載されていたこと、(5)右出願は、前記補正された内容で、昭和五四年一〇月一八日、出願公告され、特許第九九六六五五号として、昭和五五年五月二〇日、登録されたこと、以上の事実が認められる。

前示原告代表者の供述部分及び右認定の事実によれば、本件装置は、原告が特許出願をした発明に係るものであるから、その本質的部分は、右特許発明において開示されているものと認められるところ、右特許発明は、当初の特許請求の範囲の記載においては、インゴット、アンカーの配置について特段の記載をしていなかったが、拒絶理由の通知を受けて、特許請求の範囲の項について、インゴットはチャックの後方に、アンカーは基体の後方後尾に配置するものである旨補正するとともに、発明の詳細な説明の項について、右のようにチャック、インゴット、アンカーを一列に配置することにより、装置を小型化し、壁際に接近し、また二つの壁によって形勢された隅角部の奥に突入することが可能となったとの作用効果に関する補正をして、発明内容を右のとおり明確にし、意見書においてもそのように説明し、その結果、本件特許発明は特許されたものであって、右の出願の経過によれば、右特許発明は、インゴットをチャックの後方に、アンカーを基体の後方後尾に配置した構成のものと解されるところであり、右の配置と異なる配置で基体にインゴット、アンカーを取り付けた掘削装置は、右発明の技術的範囲には含まれないものといわざるをえない。

原告は、本件装置において本質的な部分はアンカーであり、インゴットの位置は付随的なものである旨主張するが、前認定のとおり、本件装置に関する右特許出願の明細書(特に、補正後のもの)には、装置を小型化し、壁際に接近し、また二つの壁によって形勢された隅角部の奥に突入することが可能となったとの作用効果が記載されているのであり、右発明は、右のとおりの作用効果を奏することをもその目的の一つとしているものと認められるところ、その作用効果は、インゴットとアンカーを基体内にチャックとほとんど一列に配置し、装置全体の横幅を小さくすることによって得られるものであるから、インゴットの位置は、右特許発明にとって、重要な要件であるというべきであり、したがって、原告の右主張は、採用の限りでない。

以上によれば、本件契約の対象物件は、本件装置及びこれと本質的に同一なものに限られるのであり、そして、本件装置の本質的な部分は、同装置について原告代表者がした特許出願において開示されているものと認められるところ、右特許発明は、インゴットをチャックの後方に、アンカーを基体の後方後尾に配置した構成のものと解されるのであり、右の配置と異なる配置で基体にインゴット、アンカーを取り付けた掘削装置は右発明の技術的範囲には含まれないものといわざるをえないのであるから、本件契約の対象物件も、右と同様な範囲のものというべきである。

ところで、〈2〉重錘10の載置方法についての図面及び説明のうち第二例ないし第四例に関する部分を除いては、被告装置の構造を示すものであることについて当事者間に争いのない別紙目録(一)の記載によれば、被告装置は、(1)基台2の前部にケーシングチューブ3を把持するリング上のチャック4を設け、(2)ケーシングチューブ3を圧入し、かつ該チューブ3の中心軸を中心として左右に往復回動を与える装置をチャック4付近に設け、(3)掘削時の全装置の上下振動並びに横振れを防止するため前記チャック4の両側にインゴットを取外し自在に取り付け、(4)基体の後方後尾に前記往復回動に際して強力な側圧を土壌から受けるアンカー11を基体の下方に突設した、(5)掘削装置、であることが認められる。

前判示のとおり、本件契約の対象となる掘削装置は、インゴットをチャックの後方に、アンカーを基体の後方後尾に配置した構成のものであり、右の配置と異なる配置で基体にインゴット、アンカーを取り付けた掘削装置は含まれないものであるところ、被告装置は、右のとおり、インゴットをチャックの両側に取外し自在に取り付けているものであるから、本件装置の対象に含まれないことは明らかである。

この点に関して、原告は、別紙目録(一)記載のとおり、被告装置においては、インゴットをチャックの両側に配置するのみではなく、両側に配置されるインゴットのうち片側のインゴットをチャックの後方に載せ、チャック、アンカー、インゴットを一列に配置することも可能な構造となっており、現に、訴外会社の工事現場においては、インゴットをチャックの後方に載架して使用していると主張し、成立に争いのない甲第六号証の三ないし六及び甲第二三号証によれば、被告装置を購入した訴外会社の工事現場においては、別紙目録(一)の〈2〉重錘の載置方法の使用例第二ないし第四のように、チャックの両側に配置されるインゴットのうち、片側のインゴットを基体後部へ載置して、被告装置を使用している場合のあることが認められる。しかしながら、前判示のとおり、本件装置に関する特許発明は、チャック、アンカー、インゴットを一列に配置することにより、装置全体の横幅を小さくしているものであるから、別紙目録(一)に記載されている使用例第二ないし第四のように、インゴットの一部をチャックの後方に載せ、一部をチャックの側方に載せるような構成のものは、その技術的範囲に属しないものというべきであり、したがって、本件契約の対象にも含まれないものである。

のみならず、以下に述べるとおり、被告装置は、チャック、アンカー、インゴットを一列に配置する構造のものと認めることはできないものといわざるをえない。前掲甲第一三号証の四の1及び被告代表者尋問の結果(第一回)によれば、ケーシングチューブを圧入する際に生ずる地中の抵抗が機械の重量(正確にはケーシングチューブの中心にかかる重量)より大きい場合には、圧入オイルジャッキを作用させても、ケーシングチューブが地中に圧入されずに反対に機械が後部を支点として浮き上がってしまうことになるので、その圧入の反力をとるためにインゴットを機械に装着するのであり、したがって、インゴットを装着する場合には、その重量が有効に働くように配置する必要があるが、インゴットの全重量のうちケーシングチューブ圧入の反力として作用する重量の割合は、ケーシングチューブ中心から機械の後部までの距離とインゴットの重心から機械の後部(支点)までの距離の比に一致すること、すなわち、インゴットが後部に近い場合には反力として作用する重量の割合は少なくなり、後部から離れチャックに近い場合にはその割合が大きくなるから、被告装置においてインゴットをチャックの両側に配置する場合には、その全重量がケーシングチューブ圧入の反力として作用するのに対し、本件装置のように、インゴットをチャックの後方に配置する場合には、インゴットが後部に近い場合には反力として作用する重量の割合は少なくなり、後部から離れチャックに近い場合にはその割合が大きくなるのであり、本件装置においては、チャック附近に、ケーシングチューブを圧入、引抜きする装置と往復回動を与える装置とを集約させて上記チャックの近くにインゴットを取外し自在に取り着けてチャックの上下振動の防止にインゴットの重量を有効に利用し得るようにして、インゴットを後部から離しチャックの近くに置く構成をとっていること、また、ケーシングチューブ圧入の際の抵抗を低減させるためにはケーシングチューブを揺動させることが有効であるが、ケーシングチューブに揺動トルクを加えると、その反力として機械を滑動させる力が働くため、この反力が機械底面と地面との摩擦力より大きいと機械が滑動してしまうので、この機械の滑動を防ぐため、本件装置は、ケーシングチューブを最先端とする基体の後尾に、往復回動によつて土壌等から強力な側圧を受けるアンカーを突設してこれを地中に打ち込み、基体の横振れをケーシングチューブからアンカーまでの長い距離とアンカーに対する強い側圧との相乗積に相当する大きな反力によって防止したものであること、以上の事実を認めることができる。右認定の事実によると、本件装置においては、基体先頭のケーシングチューブからアンカーまでは、できる限り長い距離をおくことが、アンカーの効果を大きくすることになり、一方、インゴットは、基体後部から離し、できる限りケーシングチューブに近づけることが、その重量を有効に反力として利用することになるため、チャック付近に圧入、引抜きする装置と往復回動を与える装置とを集約させ、そのすぐ後方にインゴットを取外し自在に取り付け、更に、その後方にパワーユニットを置き、基体最後尾にアンカーを突設しているのである。これに対して、訴外会社の被告装置の使用態様をみるに、前掲甲第六号証の三ないし六及び甲第二三号証によれば、インゴットはアンカーの突設される基体後尾に横に置かれ、あるいは、縦に配置されてインゴットの一部が基体後尾からはみ出ている状況であることが認められるのである。前判示のとおり、インゴットを反力として有効に利用するためには、基体後尾から離し、できる限りケーシングチューブに近づけて配置することが必要であるところ、右の訴外会社の使用態様は、そのような配置となっているものではなく、また、別紙目録(一)の被告装置の図面及び前掲甲号各証の被告装置の写真によれば、被告装置においては、アンカーを突設する基体後尾とチャックとの間にインゴットを載置することができるような場所を設けた構造にはなっていないことが認められる。また、成立に争いのない甲第一九、第二〇号証及び乙第二八号証によれば、被告及び訴外会社が作成した被告装置のカタログには、インゴットはチャックの側方に載せるように記載されており、チャックの後方に載せることが可能である旨の記載は全く存在しないことが認められる。以上の事実を総合すると、被告装置においては、本来のインゴットの配置は、チャックの両側であって、基体後部にインゴットを載架するような構造とはなっていないものと認めるのが相当であって、訴外会社の使用態様は、被告装置本来の使用方法に反したものといわざるをえない。そして、購入した使用者が本来の使用方法と異なって、インゴットをチャックの後部に載架している例があるからといって、装置そのものが、チャック後部にインゴットを取外し自在に取り付けた装置であるとすることはできないし、また、被告が、被告装置を購入した使用者をして、右の例にみられるような使用方法をとらせているとの事実を認めるに足りる証拠もない。

四  以上のとおり、被告装置が本件契約の対象物件に含まれるものと認めることはできないから、その余の点について判断するまでもなく、原告の本訴請求は、理由がない。よって、原告の本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 清永利亮 裁判官 房村精一 裁判官小林正は、転補のため署名捺印することができない。 裁判長裁判官 清永利亮)

目録(一)

被告装置の説明

〈1〉 基本的構造

(1) 図面の説明

別紙の図面は、本訴対象物件の掘削装置の基本構造を示すもので、第一図は平面図、第二図はその立面図である。

(2) 構造の説明

図中1は地盤、2は掘削装置の基台、3は基台2の前部において地盤1中に圧入するケーシングチューブ、4はこのケーシングチューブ3を把持するリング状のチャック、5はこのチャック4を開閉する油圧シリンダー、6はチャツク4の前部両側と後部中央の三ケ所に設けた昇降用油圧シリンダー装置用のアーム、7は前記アーム6の上部前端と基台2との間に設けたチャック昇降用の油圧シリンダー、8は基台2の後端とチャック4との間に設けたチャック揺動用の油圧シリンダー、9は油圧シリンダー5、7、8を駆動するためのパワーユニット、11は装置の横振れを防止するため基台2の後部を貫通して地盤1中に打ち込んだ二本のアンカーである。

アンカー11は、ケーシングチューブ3を矢印Bのように揺動させる場合に生ずる第一図における矢印Dのような装置の横振れを防止するものである。

(3) 掘削に当たっての使用方法

この装置の使用方法は、まず、ケーシングチューブ3をチャック4内に立て、油圧シリンダー7によりチャック4を最上位にしてから、油圧シリンダー5によりチャック4を閉じてケーシングチューブ3を把持し、両側の油圧シリンダー8を交互に伸縮させることにより、チャック4を介してケーシングチューブ3を第一図の矢印Bのように揺動させながら、油圧シリンダー7を縮めることによりチャック4を介してケーシングチューブ3を第二図の矢印Cのように地盤1中に押し込む。この場合、ケーシングチューブ3内の地盤は、適宜ハンマーグラブ等の掘削機(図示せず)によって掘削する。

〈2〉 重錘10の載置方法についての図面及び説明

(1) 図面の説明

第三図の一は使用状態の第一例を示す平面図、第三図の二は第三図の一の矢印A方向から見た正面図、第四図は使用状態の第二例を示す平面図、第五図は第三例を示す平面図、第六図は第四例を示す鳥瞰図である。

(2) 重錘10の載置方法についての説明

この装置を稼働させるに当たっては、ケーシングチューブ3の圧入による反力によって装置が浮き上がるのを防止するために複数個の重錘10を載置する。

その載置方法の第一例は、第三図の一、二に示すように、基台2の両側方に引出し自在な重錘支持梁12を設け、この支持梁12上に重錘10を載置したものである。

他の例を示すと、第二例、第四図は、第三図の一に示す機械左側から外したインゴットをチャック4の後方の基台2上に機械左側に載置すべきインゴットを横に載置した場合、第三例は第五図に示すようにチャック4の後方の基台2上の機械右側に載置すべきインゴットを縦に載置した場合、第四例は第六図に示すように機械右側のインゴットを外した場合を示した。

第一図

〈省略〉

第二図

〈省略〉

第三図の一

〈省略〉

第三図の二

〈省略〉

第四図

〈省略〉

第五図

〈省略〉

第六図

〈省略〉

目録(二)

北辰式掘削装置の説明

(1) 別紙の図面は、原告が被告に製造を依頼した北辰式掘削装置を示すもので、第1図は平面図、第2図は立面図、第3図は第2図の矢印A方向から見た正面図である。

(2) 図中1は地盤、2は北辰式掘削装置の基台、3は基台2の前部において地盤1中に圧入するケーシングチューブ、4はこのケーシングチューブ3を把持するリング状のチャック、5はこのチャック4を開閉する油圧シリンダー、6は基台2の前部両側に立てた立フレーム、7は立フレーム6の上部前端とチャック4との間に設けたチャック昇降用の油圧シリンダー、8は立フレーム6の下部後端とチヤック4との間に設けたチャック揺動用の油圧シリンダー、9は油圧シリンダー5、7、8を駆動するための基台2上に設けたパワーユニット、10は装置の浮き上がりを防止するための複数個の重錘、11は装置の横振れを防止するため基台2を貫通して地盤1中に打ち込んだ二本のアンカーである。

(3) この装置の使用方法は、まず、ケーシングチューブ3をチャック4内に立て、油圧シリンダー7によりチャック4を最上位にしてから、油圧シリンダー5によりチャック4を閉じてケーシングチューブ3を把持し、両側の油圧シリンダー8を交互に伸縮させることにより、チャック4を介してケーシングチューブ3を第一図の矢印Bのように揺動させながら、油圧シリンダー7を伸ばすことによりチャック4を介してケーシングチューブ3を第二図の矢印Cのように地盤1中に押し込む。この場合、ケーシングチューブ3内の地盤は、適宜ハンマーグラブ等の掘削機(図示せず)によって掘削する。

第1図

〈省略〉

第2図

〈省略〉

第3図

〈省略〉

重錘10はケーシングチューブ3の圧入による反力によって装置が浮き上がるのを防止するものであり、アンカー11は、ケーシングチューブ3を矢印Bのように揺動させる場合に生ずる第一図における矢印Dのような装置の横振れを防止するものである。

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